Hazuki Natuno

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青また青

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「個展のテーマは青にしようと思う」

作品を飾る予定のその場所で、長い髪が美しい友人に告げたとき、彼女はあなたらしいわと微笑んで「本当に青が好きなのね」と苦笑した。
だから私も素直に頷いた。
私たちの間にあるティーカップの湯気は温かだった。

「東京の空は狭い」と詩人の妻は言ったけれど、私は薄いと思い続けていた。
東京の、いや日本の空は薄い。
フランスよりトルコよりアメリカよりパラオより中国よりギリシャよりロシアよりオランダよりイギリスより他のどんなどんなどんな国の空よりも薄い色をしている。
私が本当に青いと感じた日本の空はある旅の途中立ち寄った長野のパーキングエリアで見上げた空だけだった。
あの夏の空はサファイアを溶かしたような青でバニラアイスより白い入道雲が広がっていた。
あの時以来、日本で空を青いと感じたことがない。
なぜだろう。ずっと不思議に思っていた。

疑問は鮮明に解けた。
あれはイタリアから帰国する途中の機上だった。
ふと窓の外を見ると、雲の上に一面の青空が広がっていた。
眼下の白と、目前の青。
小さな窓から上を見上げると青はより深く、青かった。

それは空の青を超えた大気の青だ。
あの青の向こうに宇宙があるのだ。

私たちはわずかな光と大気に守られて生きている。
いま、大気がなかったら
この窓の外に放り出されたら
私は青を感じる暇もなく
真空の暗闇で死んでいくのだろう。

私が生きているのは
あなたがいるからで
私が産まれたのは
あなたが青いからだ。

そう、思った。

湘南のどぶのようにごみで汚れた海を見るたびに
エーゲ海の青を思い出して私は悲しくなる。
江戸時代の、縄文時代のころの
海と空はもっと青かったに違いない。

沖縄から京都へ
新潟から長野へ
北海道から岩手へ

私の心にある様々な青を取り出すと
東京の青を思い出して哀しくなる。
あの薄い淡い青は
まるで哀しみと涙が混ざったように感じられて。

それでも、私は青が愛しい。

空の青。人の青。海の青。

それぞれがすべて淡く優しく必死に生きていて
すべての青は青を模倣し包み込む。
そしてまた、私も生きる。

青また青の中を。