Hazuki Natuno

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忘れないように、生きていくために

忘れないように、生きていくために

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42歳になってから、12日間が過ぎた。
誕生日を過ぎた直後、心身の気力が尽きたように、私は夏風邪を引いた。
38.5度の熱にうなされていると、死にたいという気持ちが柔らかく揺らいだ。
まるで神様が「いまは考えることを忘れなさい」と言っているようだった。

死ぬという選択肢を忘れることができない私を助けるように、夏風邪はなかなか治らなかった。
まだ完全には、完治していない。
朝、少し喉が痛くなったり、咳が出たりする。
まるで私の身体が私に「私たちのことを忘れないで」と訴えているようだ。

誕生日を迎えた直後、熱を出したものだからSNSの投稿への返信ができなかった。
症状が落ち着きはじめたので、返信しようと投稿を読み返した。
近しい人や友人たちの温かなコメントを読んで、目がさめるような思いがした。
私は「愛されている」ということを忘れていた。

結婚してから夫といつも話しあうのだけれど、私は愛することや愛されることがよくわからない。
「あなたのため」と言いながら、言葉や身体の暴力を振るう人たちのそばで暮らしていた期間が長かったためだろう。
愛情と暴力の境界が上手く認識できない。
端的に言えば、愛情を感じることが私にはとても難しい。

例えば、私の夫は私を愛してくれているだろうと判断する。
だが彼に限らず、誰かの愛が私には実感できない。
そのためか、誰に対しても「愛されていない」と感じてきた。
愛情に関する感受性が私はどこか壊れていると思う。

様々な暴力を振るわれていた土地から離れ、鎌倉に移住して2年が過ぎた。
この土地で夫に巡りあい、私は奇跡のような日々を過ごしている。
自分を守ることを学び、回復することを選び、生きることを決めた。
人が当たり前に選ぶことができている「生きる」という決意ができるようになった。

人が生きていくためには絶対に必要なものがある。
水と空気と愛情だ。
どれが欠けても、生きていけない。
私は少しずつ、生きていくための環境を取り戻そうとしている。

児童虐待を受けた子どもは脳に損傷を受けるという研究結果がある。
記憶を司る海馬が損傷し、尊厳や身体を傷つけられた異常な環境に脳が適応しようとする。
そのため、忘れるという機能が損なわれる。
虐待による経験が過去の記憶として処理されず、いま現在行われているように感じられるのだという。

私は過去のことを忘れることができない。
どんなに愛され、幸せになっても、あの地獄のような日々を忘れることはできないだろう。
でも忘れることができないなら、一つだけ忘れないでおきたいことがある。
それは「愛されていた」という記憶だ。

例えば、猫の空海と過ごした時間。
例えば、離婚したきり2度と会えなくなった父方の祖父の笑顔。
例えば、自殺未遂で関係が終わるまで、10年間治療してくれたカウンセラーの言葉。
例えば、夫が毎朝してくれる「おはよう」や「いってきます」の抱擁。

愛情の受容体が壊れた私を、それでも守ってくれた経験がある。
暴力の歴史を塗り替えるような、力強い記憶。
傷つけられた痛みを、忘れることはできない。
だけど傷だらけの私に寄り添ってくれていた人々や存在がいたことを、忘れないでいたい。

私は弱くて、つらかったときの記憶にたびたび打ちのめされそうになる。
そうした弱さを変えられないとしても、生きていくことはできる。
忘れることが難しいことが私の特性の一つであるならば、それを受け入れよう。
そして「愛されている」という記憶を忘れないように、生きていきたい。

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