Hazuki Natuno

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友達が島を離れた

友達が島を離れた

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大好きな友達が、小笠原を離れて東京に帰ることになった。
彼女は同じ職場の職員で、私のアルバイト先の人だった。
初めて勤務した日のことを今でも覚えている。
真向かいの机でにっこり笑って「係長がこのおやつを食べないの。よろしかったらどうぞ」と言って初対面の私に突然お菓子をくれた。

彼女はとても朗らかで裏表がない。
ただそうしたほうがいいと思って私にそうしてくれたのだ。
お菓子の1つ2つでと言われたらそれまでだけれど、私は彼女のことがいっぺんに大好きになった。
彼女がくれたお菓子は甘くて、彼女のように優しい味がした。

その職場は官公庁で、職場の人は皆公務員だ。
私の勤めている部署ではアルバイトは私だけだった。
穏やかで優しい人ばかりで、私にはとても働きやすくてありがたかった。
病気のことをわかって、なおかつ障害のことを理解して雇ってくれる職場なんてこの小笠原にはあまりない。
私はこの職場で働けて、とても幸運だと思っていた。

職場の人は真面目で、守秘義務もあるからアルバイトに早々打ち解けてはくれない。
だがなぜか彼女とはとても仲良くなって、一緒に昼ご飯や夕ご飯を食べたりした。
彼女はいつもにこにこと朗らかで、付き合っていてストレスを感じると言うことがほとんどなかった。
いつも対人関係に悩み、人との距離感や孤独感に悩まされている私には、彼女の朗らかさや健やかさ、心の美しさがとてもありがたかった。
悩んでるときや苦しんでるとき、彼女の細やかな心遣いや目に見えないアドバイスにどれだけ救われてきたかわからない。
本当にありがたい人で、そんなに素敵で素晴らしい人が島にいて、同じ職場で働けると言う事は本当にありがたいと思った。

だが彼女はあくまで公務員だ。
この島では赴任で来ている。
彼女はあと1年働きたいと願ったけれどもそれは叶わず、この春に島を離れることになった。
彼女自身、この島には長くて2年か3年しかいられないとわかっていた。
だから生き急ぐように最後の2ヶ月はよく遊んでいた。
私は予定があわなくてあまり彼女と遊ぶことはできなかった。
けれど、彼女の優しさに日々触れて、なんだか泣きそうになった。

4月に彼女がいなくなる。
何気ないメッセージや、ちょっとした食事や、たわいないおしゃべりに救われていた日常が消える。
それは私にとって、とてもとても悲しいことだった。
彼女はさっぱりした人だから、この島を離れることや友達と別れることをそんなに惜しんではいないのかもしれない。
それでも細やかに助けてくれた彼女が、この島で暮らしていたこと自体が私にはとてもありがたいことだった。

彼女が島にいたとき、写真に撮ってあげることがほとんどできなかった。
だから、最後の引き上げの日に何枚か撮ってあげようと思った。
港では会えなかったから、船上で何枚か撮ったらせてもらった。
彼女は子供のように泣きじゃくって、たくさんのレイを首にかけていた。

船が離岸し、島を離れる。
彼女は友達が心を込めて作ったレイを海に向かって投げる。
投げる直前に愛おしそうに、一つ一つのレイにキスをして、彼女は投げた。
私は彼女の海を見つめる横顔をじっと見つめて、ほんの少しだけシャッターを切った。

この島は出会いと別れの島だ。
どんなに永遠にいたいと願っても、小笠原にずっといることはできない。
それが島での運命だ。
私はこの島が好きで、島に住む人が好きだ。
島で生きる人たちが、幸せであってくれたらいい。
そして島を離れた友達にも、島からの愛が海を通じて届けばいいなと思っている。

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