Hazuki Natuno

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野良猫や象のように

野良猫や象のように

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次に書くことは、全然明るい話題ではない。
だから誰も読む必要はない。

ただ、私がこれを書くのは私がいま書かないと「保たない」からだ。
だからここに書く。
もしこれを仮に読む人がいたら、私が誰かを責めたくて書いている訳ではないことだけは念頭においてほしい。

8月19日。
病状が悪化した。
祖母の虐待の影響を治療をしようと決意したためだ。
このときは人格が4人出た。

8月20日。
自殺願望が出た。ゆかりが止めた。

8月22日。
メッセンジャーで相談した友達に次のようなメッセージを受け取る。

「以前も伝えてると思うけど、私は葉月ちゃんが本当に死にたいなら仕方ないと思ってる。
それも葉月ちゃんの選択だから、どうしても死にたいなら良いんじゃない?って。
ただ、葉月ちゃんが自殺することによって駆り出される人達のことも考えて。
消防団集合かかれば家族で団欒している最中でも行かなければならないかもしれない。
第一発見者がもし子供だったら?
この子の心には大きな傷を残すことにならない?
このクソ暑い小笠原で、すぐに発見されなければあっという間に腐敗は始まる。
でも、それを担いで運ぶのも一般人だよ?もちろん警察も動くけど…」

私はこのメッセージを読んで以来、「もう2度と誰にも『死にたい』とは相談しない」と決めた。

野良猫は、死ぬときに死体を見せない。
誰もいないところに行って、一人で死ぬ。
アフリカ象は、象だけが知る墓場があるらしい。
死期が来ると、そこで静かに死ぬのだそうだ。

私も、そうありたい。

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