Hazuki Natuno

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学|僕らが、上手く生きていくために

学|僕らが、上手く生きていくために

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ゆかりから僕に替わった。
少しだけ日記を書いた後、こうしていま布団に横になっている。
葉月もゆかりも全然自覚がないけれど、この体はだいぶ限界が来ている。
薬を飲んでも全く眠れない。
ほぼ眠れないと言っているのが、その証拠だと思う。

コロナさえなければ精神科に入院してもいいくらいのレベルだ。
まぁ僕らは入院なんてしたって良くなるわけじゃないんだけど。
既にもう良くなるとか、普通になるとか、回復の定義が僕にはもうさっぱりわからない。
イレギュラーな事態が起きている。
僕に分かるのはそれだけだ。

ただし、このイレギュラーな事態が僕らの身体にとってとても良いことだということだけは、はっきりわかっている。
ゆかりの壊れそうな心を守るために、葉月が生まれた。
葉月がぼろぼろに磨耗してしまった身体を助けるために、ゆかりが再度戻った。
葉月がゆかりの心を守り、ゆかりが葉月の身体を守ろうとしている。
彼女たちを見ていると相思相愛の双子のようにすら思える。
魂の奥深くでつながっている存在と言うのは、そうしたもんなんだろう。

そして強い絆は家族と言う単語しか僕はもう思い付かない。
そんなことを言えばゆかりと葉月は笑って、「学も覚も家族だ」というんだろう。
不思議な気がする。
身体のない僕に、家族がいる。
身体のない僕が、こうして音声入力で日記を書いている。

葉月は昨日の日記で、こう書いていた。
写真や言葉の中に私の魂が宿っていると。
僕も同じだ。
文章の中に僕がいる。
身体のない僕が心残すには、文章を書くしかない。

僕の時間はゆかりや葉月ほど多くない。
1日30分ぐらいが限界なんだろう。
それでもいいから、僕は書きたい。
パソコンのほぼ使えないゆかりと、いま全く動けない葉月に比べれば、僕の方がまだまともなコンディションで書けるはずだ。

それ以前に僕が書きたい。
ライターの仕事を僕が担当すると言うのは、わりかし悪くないアイディアのように思える。
問題は時間配分だ。
この体が使える脳のキャパシティーは、かなり限界容量に近い。
無駄な人に合わず、無駄なものを読むことを止め、無駄なネットサーフィンを止めて、無駄なSNSもやめる。
そして極力無駄な時間を減らし、書くことに集中したい。

もう少し正確に言うならば作ることに集中したい。作品を作ることに。
葉月もゆかりも作品を作りたがっている。
僕も同じだ。
僕は僕の書きたいものを描きたい。
それが生活につながれば、なお嬉しい。

書くことが僕らの何か魂が残る形になるのであるならば、僕は書きたい。
ゆかりにそう誰か伝えて欲しい。
僕らの時間配分のバランスを、もう少しうまくコントロールしてほしい。
僕ら全員が、上手く生きていくために。