小笠原諸島に帰ってきた。
ずっと家にこもって、自分の心を見つめている。
空は青く、海は穏やかで、雲は白い。
だけどその夏のような暑さに慣れることができない。
今はどこか行くのではなく、誰かと話すのでもなく、ただ自分の心を見つめたい。
なぜならば、このところ私は私を見失っていたからだ。
私が私であるということ、そして誰でもなく私自身であり続けること、それは私にとってとても難しい。
私は他者といると、どうしてもその人自身に影響受けてしまう。
私は愛されたいと言う気持ちが強いばかりに、愛されるために自分をいつも押し殺してしまう。
それが良いことだとは、決して思ってはいない。
だけど自分の中の人からの愛されたいと言う気持ちがあまりにも強くて私は私に振り回されてしまう。
そして出来上がるのは、私ではない私のような形をした抜け殻だ。
私は私を取り戻すために、他者から距離をおく必要がある。
その距離はどうしても孤独に近く、私を淋しくさせる。
だがその淋しさが私が私であるために必要な対価であり、同時に宝でもある。
自分自身でいられると言うことは、とても奇跡的なことだといまの私は思う。
私は私でありたい。
私は、私自身であり続けたい。
そのことが他者といること、他人と共にあること、愛すること愛される事と両立しない事はとても寂しい。
それでもその寂しさを乗り越えてでも、私には私であることが必要なのだ。
私は私でありたい。
私は私であると同時に、学であり、ゆかりであり、覚でもある。
私が私にこだわり続ける事は、ある種愚かなことには違いないが、それでも私は私でいたい。
なぜなら私にしかできないことが、必ずあるはずだからだ。
私は私にできることをしたい。
そしてこの短い人生で、私は私が生きたと言う証を残したいと思う。