鎌倉には「映画館」がある。
といってもシアターではない。
新井さんという映画好きで優しくて辛口なマスターと彼を慕う同じく映画好きで優しい人々が集うカフェ兼バーだ。
週末になると映画の自主上映会をしている。
だから、「映画館」だ。
私は夜に誰かと話したくなったとき、ふらりと遊びにいく。
お酒の弱い私はウィルキンソンをいつも頼む。
新井さんは白い髭に苦笑を湛えて「お酒の味を覚えなさいね」と言いながら、出してくれる。
ウィルキンソンは辛くて、ほのかに甘い。
その味は新井さんの人柄に似ていると私はいつも思う。
その映画館で、昨日ジャズのライブがあった。
渡邉典保さんという老年のサックスプレイヤーと遠藤さんのギターと木村さんのベースのトリオの演奏だった。
私は映画館で仲良くなった伊藤さんに「良い写真が撮れるよ」と誘ってもらい、足を向けた。
映画館は広くはないけれど、映画を上映するだけあって、音響が良い。
私はつかのま、ほろ苦いアルトサックスの音色に聴き惚れながら、写真を撮った。
映画もジャズも、生きるための嗜好品だ。
生きるだけなら、なくても困らない。
だけど、その味わいを知ることは日々の生活の糧となり、活力となる。
そう、美味しい酒を味わうことと、良質な映画と巡り会うことと、上質なジャズを堪能することはとても似ている。
そうした贅沢を鎌倉で覚えたことを、私は幸せに思う。
撮り足りないとすら感じるほど、演奏はあっという間だった。
私は幸せな気持ちに浸ったまま、映画館を後にした。
帰り際、来ていた皆に「いつ写真が観られるの?」と聴かれた。
「今度来るときに」と私は応えて、家路を急いだ。
今夜撮った音が聞こえるような、小さな写真集を作ろうと決意しながら。