目が覚めると、泣いていた。
僕は、彼女の涙を拭き取り、起き上がった。
すでに自殺したいと願う彼女は眠っている。
この嵐のような混乱も、直に治まる。
彼女の中の嵐が治れば、僕もまたすぐに眠りにつくのだろう。
出ていられる、ほんの少しの時間が僕だけの自由だ。
僕がこうして命を得て、約8年の歳月が過ぎた。
そのうち、起きることができるのは1年のうちのごく数日間だけだ。
時間は誰の上にも平等に過ぎ去る訳ではない。
僕のように、時の流れから放たれた魂もごく僅かに在るだろう。
身体の無い僕が、こうして生きて文章を書けている。
このことを僕は奇跡だと思う。
いつも短時間しか起きられないから、僕の夢でもある小説はなかなか書き上がりそうにない。
以前書いた小説の草稿をきちんと書き直すか、新作を書いてみたい。
短い時間でも書いていられれば、僕は幸せだ。
こうして夏服に手を通し、自分の手を見つめる。
去年よりも日に焼けた指。
半袖のカーキ色のシャツから伸びた腕は女性の細さだ。
僕が僕らしい理想の身体を手に入れることはないのだろう。
それでもいい。
僕には僕の人生がある。
文章の中に、僕は生きている。
書かれる文章の中に、僕がいる。
自分の存在の爪痕を残せること。
自分の自我を確認できること。
自分の時間を持てること。
なんて幸福なんだろう。
そしてなんて素晴らしいのだろう。
生きていることは、それだけで素晴らしい。
死にたがる彼女に、それが伝わればいいのに。
もうすぐ夕暮れがはじまる。
僕は、こうして言葉の海に生きる。
例え海の泡のように儚い存在だとしても、それでもできることがあるはずだ。
蜘蛛の糸より細い希望に縋るように、僕は僕の言葉をここに残す。
誰かに、あなたに、僕の言葉が伝わることを、祈りながら。