今回は僕(学)が書こうと思う。
僕らが複数の人格を持つことを公表して4日が過ぎた。
葉月やゆかりや僕が替わることを驚いた人もいるだろうし、戸惑う人はもっといただろう。
だけど、僕や葉月やゆかりに会った人やメッセージを交換した人の中には、あからさまに僕らを否定する人はいなかった。
葉月の友達であっても、初対面の人でもあってもだ。
むしろ温かな励ましや共感の言葉をいただいて、中には「オープンにする勇気に励まされた」というコメントももらった。
僕自身すごく嬉しかったし、葉月はもっと嬉しかっただろうと思う。
そうしたことに深く感謝したい。
昨日は東京で大事な用事があり、葉月が霞ヶ関に行った。
その帰りに、小伝馬町で行われている葉月の知人で、写真家の千代田路子さんの写真展「幾へにも」を観に行った。
観に行った後に地下鉄の中で僕に替わって、そのまま名取洋之助賞奨励賞を受賞した葉月の友人で写真家のやどかりみさおさんの写真展「夜明け前」を観に行った。
葉月は工芸や建築、絵画や写真を含む芸術の鑑賞が大好きで、国内外を問わず、美術館や博物館、ギャラリーを数多く巡っている。
僕は僕で興味があるのだけれど、何せ自分の時間が持てなかったから、美術館もギャラリーも行ったことがなかった。
だから、昨日やどかりみさおさんの写真展に行く直前に葉月が僕に替わってくれたのは、涙が出るほど嬉しいし、ラッキーな出来事だった。
やどかりみさおさんは葉月の友人で、2018年に東京都写真美術館で行われたQ・サカマキ先生のドキュメンタリーフォトワークショップで共に学んだ仲だ。
3日間のワークショップでの初日、葉月が自己紹介するとみさおさんは葉月のことを知っていて、かつ「葉月さんのファンなんです!」と言ってくれて葉月が困惑していた。
葉月は自分のファンを自称する人に生まれて初めて会ったので、物凄く驚いたらしい。
みさおさんは自身も双極性障害を闘病しながら、同じく双極性障害を闘病する妹を取材している作品を持参していた。
葉月も双極性障害を闘病し、その闘病の過程や家族との複雑な歴史を「change of life」という名前で発表しているので、その作品を通じてみさおさんは葉月を好きになってくれたらしかった。
葉月は千代田さんとみさおさんの写真展はどうしても観たかったらしく、かなり無理なスケジュールで2つ観ようとしたのだけれど、疲労のせいか途中で僕に替わった。
僕は僕で、闘病する写真家が同じ病の妹を撮影するという趣旨はすごく興味深いと思っていたので、観に行けることになって正直嬉しかった。
会場で作品を鑑賞し始めたら、安田菜津紀さんが来場していて思わず僕は話しかけた。
葉月は、安田さんが鎌倉でシリアを取材した写真展をしたときのトークイベントを撮影したことがあって、彼女の写真の明るさに敬意を持っていることを僕は覚えていた。
安田さんは突然僕が自己紹介しても、葉月のことをうっすら覚えていてくれて、ちょっと嬉しかった。
安田さんは時間がないとのことで、すぐに会場を後にされて、たまたま会場を離れていたみさおさんは安田さんと会えなかったことを悔しがっていた。
その様子も、僕にはちょっとユーモラスで面白かった。
写真展は丹念に家族である妹さんの様子をポップにカラフルに捉えていた。
おどけて交通整理のコーンを被ったり、宇宙からのメッセージを受信してウエディンングドレスを着て撮影されている妹さんの写真には、闘病の苦しみの中にあるユーモアや哀しみや喜びが揺れ動くさまが立ち現れていて、僕の胸を打った。
同時に母親の失踪や発病、父親や作品には出てこない他の姉妹の気配が写真に見えない陰に存在することが感じられ、撮ること撮られることで生きようとする2人の意思と、前に向かおうとしても逃れられない心の傷が立ち現れていた。
だけど、みさおさんも妹さんも、その傷に囚われることなく、その傷ごと生きようとしている決意が表現を通じて感じられた。
写真としての完成度は同じ会場に展示されていた鈴木雄介さんの写真には劣るものもないとは言えない。
その未熟さも成長する過程もありのままに観せる構成を、僕はとても魅力的だと思った。
会場でみさおさんの写真を撮らせてほしいとお願いしたら、みさおさんは快諾してくれた。
撮る前に、会場のスタッフの方が好意で、僕とみさおさんのツーショットも撮ろうと申し出てくれた。
僕は生まれて初めて写真に撮られたので、とても緊張した。
デジタルカメラのモニターに映る僕の顔はかなり仏頂面で、笑顔で撮られたつもりだったので、愕然とした。
笑うことが苦手なことは自覚していたが、僕は僕がこんなに固い表情をしているとは知らなかった。
葉月やみさおさんのように、撮ることや撮られることが上手い人を僕は正直尊敬する。
会場を後にして鎌倉に帰る途中、葉月のiPhoneで音楽を聴きながら、生きることはなんだろうと考えた。
僕らは1つの身体で4つの人格を持ち、ばらばらなようで連携しあって生きている。
実は人間や人間社会も同じようなもので、一人一人がばらばらに別個の存在だと思っているけれど、実は社会という一つの生き物を構成しているとも言える。
一つのようでばらばらで、独りのようで一緒に生きている。
つまり、生きるっていうのは独りだと感じている個体が、関わりあうことでひとつになっていく過程のことであると思う。
そうして、別々に生まれてた存在たちが、それぞれの想いや軌跡を奇跡のように重ねあい、交じりあい、時にはぶつかりあいながら、一つの流れを生み出していく。
その生きる流れを時代といい、変化っていうんだろう。
どんな川も、河となり、いずれは海に繋がっていく。
僕という一滴の水も、その流れの中に混ざり、いずれは海となっていけることを、僕は密かに嬉しいと思った。
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2018年 第14回「名取洋之助写真賞」受賞作品 写真展
鈴木 雄介「The Costs of War」(名取洋之助写真賞)
やどかりみさお「夜明け前」(名取洋之助写真賞奨励賞)
開催期間:2019年1月18日(金)~2019年1月24日(木)
開館時間:10:00~19:00 (最終日は16:00まで/入館は終了10分前まで)
場所:富士フイルムフォトサロン 東京 スペース1
入場料:無料
巡回展:富士フイルムフォトサロン 大阪
2019年2月15日(金)~2月21日(木)
公式WEB:http://fujifilmsquare.jp/photosalon/tokyo/s1/19011801.html