Hazuki Natuno

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誰かを好きだと思うことにためらう、だとしても

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誰かを好きになる。
あるいはなにかを好きになる。
もしくはなにかを美しいと思う。
さりげないものを。
さりげないものを。

例えば、水のささやき。
金木犀の降る秋。
樹木と苔の織りなす翠。
あるいは君の温もり。
そんなたわいない幸せを美しいと感じることに怯えるほどに、
僕は臆病になり、弱くもなった。

ある人は言う。
「表現はコミュニケーションを断絶することだ」と。
ある意味で逆説的な真理だ。
なにかを美しいと思うことは、その美しさを表現したいと願い、実行することは、異なる価値観の誰かとのコミュニケーションを諦めることに等しい。
万人に共通する価値観はない。
相互不理解の中で、僕らは手探りでコミュニケイトする。
その行為に絶対は、ない。

誰かを好きだと思うこと。
なにかを美しいと思うこと。
そんな些細なことを伝えることもいまの僕には難しい。

であるならば。

僕は僕にできない範囲で、僕にできうる限りの可能性を試してみたい。
そんなことを考えている。

2011年1月8日記す

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