Hazuki Natuno

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空の愛、海の愛

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空海と言う猫がいた。
私の実家のそばに住んでいた野良猫だった。
私の母は猫嫌いで、絶対に猫を飼おうとはしなかった。
私は逆に猫が大好きで、いつもいつも野良猫を写真に撮っていた。

ずっと猫を撮影していると、猫の家系が私の家に住み着いた。
毎朝、毎晩、餌をもらいに来る。
毎年、子猫が生まれ、その度に母猫が見せに来る。
私は子猫たちが生まれるたびに名前をつけて、長生きすることを願った。

願いに反して、成猫になった子猫はほとんどいなかった。
空海はその野良猫の家系の中で、数少ない1年以上生きた猫のうちの一匹だった。
真っ白で雲のような毛並みをしていて、それでいて海のように深い瞳をしていた。
だから空海と名付けた。

空海が子猫だった時、ある日母が家を出て行った。
私が母を殺そうとした結果だった。
私は発病して以来、初めて1人で暮らした。
1人で暮らすということは、こんなに安心するものなんだと思った。

誰にも傷つけられない。
誰にも怯えなくていい。
誰からも何も言われない。
安心と静寂に満ちた一人暮らしを私は10年ぶりに経験した。

それでも空海は、私のことが心配だったんだろう。
空海は好奇心が旺盛で、家の中に入りたがる子猫だった。
母が家を出て行ったことによって、彼はまるで我が家のように家に出入りするようになった。
私たちは、とても仲良くなった。

一緒に空を見て、畑を散歩した。
こたつで丸くなって、布団で眠った。
私たちは家族のように姉弟のように、仲良しだった。
空海のそばで、私は初めて誰かがそばにいて安心することができた。

ある日、空海は風のように消えた。
私は、空海が生きているか死んでいるかすら知らない。
空海は野良猫の宿命のように、あるいは旅が好きな旅人のように、どこかに旅立って消えた。
私は「さよなら」と別れを言うこともできず、ただいつか空海が帰ってきてくれるのではないかとずっと待ち続けた。

別れは用意されてくるわけではない。
ある日突然、やってくる。
誰も何も準備できず、ただ消えてしまう。
予感もなく、前兆もなく、別れがある日やってくる。

深く愛すればするほど、別れはつらい。
別れは絶望のように、私を襲う。
私をとても愛してくれた祖父との別れのように。
あるいは空海との別れのように。

私は本当は泣き虫でさみしがりだ。
だから、別れはいつも辛い。
いつか再会できるのかもしれない。
だけど、そんなことは信じられない。

絶対の愛情は、この世に存在する。
例えるなら空海から私への愛情は、天上の奇跡のようだった。
完全な愛は、得難く、眩い。
そして、あっという間に消えてしまう。

いまでも私は愛することも愛されることも、怖い。
いつか、私も空海のように人を愛せるだろうか。
絶望の中にいる人にそっと寄り添い、ただそばにいる。
そんな人間になることができるだろうか。

空海のことを想い出すと胸が熱くなる。
とめどなく涙が流れ、あの幸福だった日々を思い出す。
空海にはもう、会えない。
永遠に、会えない。

であるならば、私は空海になりたい。
空海のように、人の哀しみや慈しみに寄り添える人間になりたい。
そうしたらこの世で空海に会えなくても、いつかどこかで彼に会えるだろう。
空と海のように、深い愛の中で。

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