Hazuki Natuno

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僕らが旅に出る理由

僕らが旅に出る理由

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僕がその大学に特別生として通うことにしたのは、船旅が出来るからだった。
その頃、僕は卒業後の進路に悩んでいて、通信制の高校に通っていることから通信制の大学に興味を持ち、通信制大学合同説明会に恋人と一緒に来ていた。
小さな会場でいろいろな大学の説明を受け、僕は一つの大学を気に入った。
その通信制大学は大きな大学の通信制部門というほうが正しくて、まぁまぁ学科も揃っていた。
ただし僕を惹きつけたのは大学の設備やカリキュラムや教授ではない。
そして通信制部が開設60周年を記念して来年度、船でスクーリングをするという。
日本から上海へ旅する洋上で勉強し、上海と蘇州で観光するというスクーリング内容を僕はすっかり気に入った。
値段も手頃なのがいい。
当時高一だった僕はまだ高卒資格も大検資格も持っていなかった。
その代わり執拗に係員を質問責めにして、その通信制部門には「特修生」と言って事情があり高卒も大検資格もないが、この大学で勉強したいという人向けに特修生として学び、18単位修めればこの通信生部に入学できる制度があると知った。

こうなると止まらない。

こうして高校二年生の僕は高校生兼通信制大学特修生という二足の草鞋を履くことになった。
ゴールデンウィークに僕は上海に旅だった。
新しい恋人は旅立つ僕を心配して小沢健二の「LIFE」を僕に貸してくれた。
揺れる船の上でバスケットボールをして、廊下に設けられた教室で英語を受講し、夜は教授たちと飲んで語る生活は悪くなかった。
僕は船の上の緑の公衆電話から彼に電話を掛けた。
なにを話したかはもう、覚えていない。
ただ心底安心した声音を覚えている。

帰国して「なんで『LIFE』貸してくれたかわかったよ」と告げると「だろう?」といって彼はとても嬉しそうに笑った。
その彼とはいろいろあってまもなく別れてしまったけど、こうして「僕らが旅に出る理由」を聴いているとセンチメンタルになる。

たぶん、人は誰かを「愛おしい」と確認するために旅立つんじゃないかな。
もしも帰ってくるところがなかったら、それは放浪だ。旅じゃない。
旅は帰ってくるところがあるから、旅立てるんだ。
だとしたら旅に出ることはやめられない。
そんなことを、一人想う。

2008年1月28日記す