Hazuki Natuno

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すべての、はじめての日

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2019年1月25日に眠りについてから、4ヶ月後。
5月16日に僕は目覚めた。
葉月が彼女の夫と電話で口論の末、眠りについたので人格が替わったのだ。
交替のきっかけはいつもたわいないストレスだ。
だが、今回の原因は深刻だった。

僕は葉月から替わり、少し彼と話をした。
だが結論を言えば、険悪になるだけで問題は解決しなかった。
見るに見かねて、ゆかりも起きた。
僕はゆかりに交替し、経過を見守った。
葉月は泣いていた。
心が、静かに泣いていた。
僕もゆかりも彼女を慰める術がなかった。

翌朝、この島の研究をする大学教授と約束していた翻訳の手伝いをするため大学の施設に向かう。
手伝いながら、葉月が彼女と彼女の夫との話をぽつりとする。
僕は助けになれないけれど、と教授は言った。
葉月にとっては翻訳という集中を必要とする仕事自体が助けであったと思う。

朝の無償の手伝いの後、職場に出勤する。
冷たい緑茶を作り、職員にお茶を出し、いつもの雑務をこなす。
仕事があるということはある種の救いだと思う。
忙しさに取り紛れて、落ち込まなくて済むのだから。

仕事の最中に教授からメッセージがあった。
彼は「僕は慰めることは苦手だけれど」と前置いて、飲みに行こうと誘ってくれた。
葉月は「行きます」と返事をしていた。

教授の行きつけのバーは、彼女の馴染みの店でもある。
店に着くと浅黒い肌のマスターがテレビを見ていた。
はじめの一杯を注文して、会話が途切れる。
いつも饒舌な葉月が泣くのをこらえている。
僕は落ちこむ葉月を内側で見ながら、いたたまれなかった。

2杯目を飲むうちに、彼女と教授の共通の友人の話になる。
島を離れた彼は、まだロンマタサラームのボトルをキープしていた。
キューバで生産される23年物のラムを味見しようと話が盛り上がる。
許可をもらうためにゆかりが友人に電話をする。
僕らのことを知る彼は、心配そうな声音をしつつ「開けてもいいけれど空けるなよ」と言った。

教授とゆかりがロンマタサラームをテイスティングする。
氷に揺蕩う琥珀の液体は、スモーキーな樽の香りの中に甘さを秘めていた。
アルコールを初めて味わうゆかりが喜ぶ。
僕は内心、3歳児に飲ませたくないなと思わなくはない。
だけどゆかりが場を楽しむことで、葉月の気が紛れるなら良かったと思う。
そうした空間を作ってくれた教授は本質的に優しい人間なんだと思った。

3杯目を空けて、家路に着く。
ゆかりは「靴が痛い」といって、裸足になっていた。
僕らは今まで小笠原で交替したことがない。
だからゆかりにとっても僕にとっても初めての小笠原の夜だ。
ゆかりは海を見たがったので、帰り道に前浜に立ち寄る。
満月の前日の月に雲がかかり、海が淡く光る。
水は氷よりもはるかに透明で、朧月夜の光を受けて輝いていた。

ゆかりが生まれて初めて見る海に興奮し、ざぶざぶと入っていく。
海に喜ぶ彼女の姿は幼女そのもので微笑ましい。
ゆかりが喜ぶことで、葉月の心が少し和らいだ。
教授とゆかりは海を見ながらアイスを食べる。
ゆかりが僕たちのことを英語で説明する。
「生まれて初めて、英語で話したよ」と彼女が笑う。
教授は「そうか。通じるよ」と言った。

人間にはどんなことにも「はじめて」がある。
嬉しいこと、哀しいこと、光を美しいと感じた日。
すべての物事に1度目が存在する。
だが、僕らはほとんどはじめての日を覚えていない。
希望も絶望も以前からある出来事のように感じている。

だけど、ゆかりにとっては違う。

月の光を浴びること。
海を観ること。
波に触れること。
裸足で歩くこと。
自分のことを話すこと。

彼女にとって、ありとあらゆることは、ほぼすべて「はじめて」だ。

彼女が世界に感じる感動は、僕も葉月もすでに失ったものばかりだ。
彼女の生きる世界は、見たことのない光で輝いている。
僕らはいつか葉月の肉体が朽ちるまで、存在したいと願っている。
その過程で、はじめての哀しみや苦しみにも出会うだろう。
だがすべての物事に終わりがあるように、すべての出来事にもはじめてがある。
僕らがこれから出会うはじめての絶望にも、対となるはじめての希望があるだろう。

すべての物事にはじめての日があるならば、僕は君に伝えたい。
あの夜の海のように、闇の中に輝く光を覚えていてほしい。
僕の言葉やゆかりの笑い声や、教授と飲んだお酒の味。
君と電話で話した友人の声や、君がこれから味わう哀しみも、すべて必要なものだ。
そうしたすべてのはじめての積み重ねを、僕らは「人生」と呼ぶのだろう。